東京高等裁判所 昭和28年(う)2478号 判決
被告人 柳沢薫
〔抄 録〕
被告人論旨及び弁護人論旨第一、第二点に対して。
原判決挙示の証拠によると、原判示事実、特に原判示一〇月二〇日の午後〇時三〇分頃原判示巡査部長塩谷喜一が文京区戸崎町九四番地先を警邏中、同区八千代町二八番地先附近路上で自転車をおしながらぶらぶらしている被告人を発見、忙しい土地柄不自然のため不審に思い、被告人が八田屋という自転車屋でチエーンを修繕中に注意して見ると自転車の後部泥よけに氏名が書いてあつたと思われるところが消えており且つ荷台や車台も大きく被告人が使用する様なものでないという感じがした。その附近は製本屋が多く日頃から自転車の盗難が多いので、被告人のもつていた自転車が賍品ではないかと不審を抱き同自転車屋の前で「君は何処から来たか」、「この自転車は誰のものか」、「何処に行くのか」等々の職務質問をして二、三問答があつた後、被告人は住所職業氏名年齢等を黙秘したので、同巡査部長は尚更不審を抱き、同所は道路上で交通もあるので派出所迄同行を求めたところ、被告人は行く必要がないと答え、更に「そんなに住所が聞きたいのなら自分の家へ来い」と言いながら春日町の方向へ歩き出したので、同巡査部長は仕方なくその家迄行つて見る積りで追従し、五〇米位歩いた地点から被告人が自転車に乗つて走り出したので駈足で追いかけたところ、一〇〇米位行つた同区柳町二七番地先路上で被告人が自転車から降りて「何で俺の後を随いて来るのか」と言いながら平手で同巡査部長の左頬を殴打したので、暴行犯人として逮捕すると言つて後から来た須藤巡査と共に逮捕しようとして自転車を押えたが、どんどん歩いて春日町の方に行くので、逃げられぬ様自転車をつかまえて被告人の歩く方に行き、途中警邏中の藤田巡査も来たので、同区春日町二丁目一番地先道路上で三名共同して被告人の逮捕行為に移つたところ、被告人は「貴様は俺を不当逮捕した」と言つて平手で同巡査部長の頬を殴りつけたことを認めるに十分である。而して右巡査部長の行為は警察官等職務執行法及び刑訴法による適法な職務執行行為であつて何等職権濫用或は人権蹂躙の行為ではないから、之に対する被告人の右行為が刑法第二〇八条の暴行罪にあたること勿論である。所論に基き記録を精査するも原判決には所論の様な採証法則の違反もなく事実誤認もない。又原判決は社会的地位によつて被告人を差別待遇したのでもなく黙秘権を無視したものでもないから、原判決には所論の様な法令適用の誤りや憲法違反の廉も存しない。証拠の取捨判断を非議する所論は本件にはあたらない。論旨はいづれも理由がない。
註 本件は量刑不当で破棄。